河野よし子さん

河野よし子さん(東京都から移住)プロフィール

河野よしこさん…(昭和36年生まれ)大分県出身
移住日…2016年12月
移住元…東京都
家族構成…父・母と3人暮らし

ゆるく、そしてしなやかに 新感覚の呉服店へ、新たな展望

Q:移住の決め手は?

A:

河野さんは臼杵市生まれ。東京で28年間暮らし、2017年12月にUターンしました。
実家は風情ある城下町のシンボル的存在「八町大路」という商店街に店を構える「志賀屋呉服店」。江戸末期に創業した老舗の着物屋さんがご実家です。
臼杵に戻ってくることはこれまで考えていなかったそうですが、ご両親が高齢になったこと、そしてご自分の今後の将来を見据えて、臼杵に戻る決心をし、現在は7代目として後を継いでいます。

「28年間も臼杵から出ていると、Uターンというよりは移住者という感覚の方が近いかもしれません。正直不安な気持ちもありましたが、私の背中を押してくれたのは移住者への補助金でした。父がケーブルテレビで補助金のことを知り電話をくれて。今しかない! そんな勢いで帰ってきました」。
臼杵市ではUターンの方でも、5年以上市外に居住されていた方であれば、移住支援補助金を受け取ることができます。

Q:臼杵の人の印象は? 移住されてみてどうでしたか?

A:

大人になってから一度も臼杵市で生活を営んでいないこと、人間関係がここにないこと、車に乗らないと生活できないこと。この3つが河野さんにとって大きな不安要素だったそうです。
移住された方によくある問題が、やはり車の運転。ペーパードライバーの方が多いため、慣れるまでに苦労される方もいらっしゃるようです。河野さんはハンドルを握るのは20年ぶりだったと言います。
「私の時代はマニュアルしかなかったから、逆に運転をしてみてオートマの操作が簡単だったという印象です(笑)。土地勘もなかったのですが、1、2ヶ月でどうにか覚えました」。
移住されてきてから、いろんな場面に直面しても、持ち前の明るさで難を乗り越えていく河野さん。そこには他の移住者の存在も大きかったと言います。
「臼杵市に帰ってきた時の印象は、思いのほか移住者が多かったということ。生きていくには、やはり人と出会うことが大切ですから。自分からコミュニティに入るのは大事ですね」。
お店の印象も変えるべく、外装と店内、トイレのリニューアルも果たしました。
「観光客や地元の人への休憩所としても利用してもらいたいんです。今後はイスとテーブルを置いて音楽を流したり、いずれ2階をギャラリースペースとして提供できるよう改装したいです」と今後の展望を語ってくれました。
商店街の取り組みにも積極的に参加したり、移住者が立ち上げたイベントにもお店を会場として提供したり、精力的に関わりを続けています。

河野さんを見かけると、だいたいいつも着物をお召しでいらっしゃいます。
まさに歩く広告塔のよう。
そして目を引くのが、独特の着こなし。
着物にハットを合わせたり、夏は浴衣にサンダルを合わせたり。イギリスの国旗を模した帯をまき、洋のテイストを散りばめていたり…。
彼女の信念がしっかり表現されているので、そのコーディネートに違和感を全く感じさせず、
むしろ独特なセンスが新鮮で、パッと目に飛び込んでくるのです。
そして思わず「素敵!」と声をかけずにいられません。
それもそのはず、河野さんは東京で長年ダンススタジオに勤め、ダンサーたちのプロフィール写真を撮っていました。
そのセンスがお店の至るところに生かされているのです。
今でも東京時代のダンス仲間が臼杵を訪れ、臼杵石仏や旧真光寺など臼杵の名所で写真を撮っています。
「自分のやってきたことを臼杵のために還元したいですね」。
河野さんのフィルターを通して感じる臼杵を、たくさんの仲間に紹介する。
また新しい臼杵の側面が見えてきそうです。

Q:移住を検討している人へ

A:

「車は臼杵で生活するには必需品。乗りながら土地勘を掴んでいってほしいです」と物質的な面では車の大切さを、精神的な面では「人と繋がること」と強調します。
ネット環境も充実させておくと、その土地の情報を収集できるので便利だそう。
情報収集してその場所を訪れ、思いを同じくする人と繋がっていく。
まさに河野さんのフットワークの軽さが今の生活に直結しているようです。
「収入は減りましたけど、その分出ていくお金も少ない。食べ物は美味しいし、生活はゆったりしています」。
物質的な豊かさというより、生活の豊かさを肌で感じている河野さん。

取材時、和ダンスの中から古風でモダンなデットストックの反物や帯を出し、広げて見せてくれました。
今ではお目にかかることができないような染めや刺繍、昔ながらの丁寧な手仕事が描かれた貴重な着物がまだまだたくさん眠っていると言います。
「着物は触ってあげると喜ぶそうですよ」と、繊細な手つきで愛おしそうに着物に触れる河野さん。

かつて臼杵から都会へ飛び出した少女が、豊富な人生経験を引っさげて帰ってきました。
そして、オリジナリティ溢れる彼女のセンスと魅力がだんだんと表現され、息づいていく呉服店。

「着物を普段着感覚で」は河野さんがよく口にする言葉。
若い子が真似したくなるようなコーディネートでシャンと歩く姿を見ると、
こう思わずにはいられないのです。

「志賀屋呉服店」7代目が描く未来は、きっとオモシロイ。

(2017年取材)

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